旧吉田家住宅主屋(きゅうよしだけじゅうたくおもや)

更新日:2022年08月09日

被災前に撮影された吉田家住宅の主屋の前に植えられたピンク色の花が咲いている木の前に立つ黒字で岩手県指定有形文化財吉田家住宅と書かれた白色の杭看板の写真

東日本大震災以前の吉田家住宅

吉田家住宅の歴史

 吉田家住宅は、江戸時代に仙台藩領気仙郡(現在の陸前高田市、住田町、大船渡市、釜石市唐丹)の24箇村を治めていた大肝入吉田家が、享和2年(1802)に気仙郡の御郡棟梁を務めた出入りの大工、今泉村の七五郎に建てさせた住宅です。後に「大庄屋」と呼ばれ現在まで市民に親しまれています。
 主屋は、東側の表門側に座敷3室を設け、北側には広い土間部の御臺所があり、それらの間を広い居間部でつないだ大規模な茅葺の建物でした。
 敷地内には土蔵、味噌蔵をはじめとする附属屋や庭園等があり、周辺のまち並みと合わせ今泉地区の歴史文化を現代に伝える貴重な財産として大切に保存されてきました。
 藩政期、幕府の巡見使や藩主の視察の際には、宿所として使用されたことが記録に残っていて、その対応も滞りがないよう細部まで十分に考慮して計画された住宅であったと考えられています。

吉田家住宅および後方の山と前方の田んぼを上空から撮影し吉田家住宅の場所名をそれぞれ白文字で書いてある平成5年に撮影された写真

吉田家住宅1件4棟(平成5年当時)

 旧仙台藩内においてこの種の建物の多くが解体されている中、建築年代や大工棟梁の名、部分的ではあるものの藩政期の使われ方が明らかとなっている吉田家住宅は、仙台藩の地方支配を物語る数少ない遺構であり極めて貴重であるとして、平成18年9月26日、主屋、土蔵、味噌蔵、納屋(長屋)の1件4棟が「岩手県指定有形文化財(建造物)」に指定されました。
 その後東日本大震災津波により全壊してしまいましたが、調査の結果、被災後の部材残存率等を踏まえて、土蔵、味噌蔵、納屋(長屋)の附属屋3棟は滅失と判断され、平成30年12月7日に主屋1棟のみを県の文化財として指定継続することとし、その名称も「旧吉田家住宅主屋」に変更されました。

大肝入とは

 各村肝入などの郡内諸役人の監督を行い、徴税や簡易裁判を担った地方役人における最上位の職です。
 元和6年(1620)に仙台藩の藩祖伊達政宗により、初代吉田宇右衛門(筑後)が気仙郡大肝入に任命されたという記録が残っています。
 吉田家の近くには代官所が設けられ代官が配置されるとともに、足軽鉄砲隊を配備し南部藩境および沿岸の警備など治安維持の任に当たっており、当時の今泉が気仙郡の政治の中心であったことが窺えます。

津波による被害

 平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震が引き起こした大津波により吉田家住宅は全壊し、座敷廻りは屋敷の西側に約100メートル、茅葺屋根は諏訪神社を回った旧気仙小学校側に約300メートル流出しました。
 土蔵や味噌蔵などは屋敷の西側に流出し、流された跡地には近在の建物の部材が散在していました。

東北地方太平洋沖地震によって旧気仙小学校側付近まで流出した吉田家住宅の主屋の見るも無残にバラバラになった茅葺屋根部分の写真

流出した主屋の屋根部分

復旧作業の様子

 被災直後から、吉田家当主と吉田家住宅の復旧を願う地域住民の皆さんが部材の回収に奔走しました。その後、岩手県立博物館等の協力のもと残存部材は可能な限り回収され、その数は1,000本を超えて全体の6割程度となりました。
 度重なる調査の結果、これらの部材を活用して建物を復旧することが可能と判断し、多くの専門機関や関係者の支援を得ながら、現在も復旧作業を進めています。

住宅跡調査・実測(平成27年)

東北地方太平洋沖地震によって全壊した吉田家住宅の跡地で調査と実測をおこなう地域住民らの様子を撮影した写真
東北地方太平洋沖地震によって全壊した吉田家住宅の跡地で両手に持ったメジャーを使用し前屈みになりながら実測をおこなう地域住民の女性の写真

部材調査(平成27年)

ビニールハウスの斜め前に置かれた木枠の上に並ぶ地域住民らが回収した吉田家住宅の残存部材を真剣な表情で調査する男性の写真
木枠の上に並ぶ地域住民らが回収した残存部材を両手で触りながら調査する2人の男性の前方で部材の上に乗りながら部材の方を覗き込む男性とその右横で同じように部材を覗く3人の地域住民たちの写真

脱塩作業(平成28年)

横並びで手袋をしたキャップを被り水色のつなぎ姿の両手に持った高圧洗浄機を使用し木枠の上に置かれた残存部材に脱塩作業を施す地域住民の男性2人の写真
左手にペットボトルを持ちその中身を右手に持ったスポイトを使用しブルーシートで覆われた水槽に沈められた残存部材に垂らしている人物の腕までの写真

部材位置特定作業(平成29年)

木枠の上に並べられた残存部材の横幅を前屈みになりながらメジャーで計測する男性の様子を両端で部材を抑えながら見守る男性2人の写真
吉田家住宅の残存部材の切れ端同士を合わせ位置特定作業を中腰になりながらおこなう男性の手元のアップ写真

スケッチ作業(平成29年)

左手に持ったメジャーで残存部材の計測をおこなう右手にバインダーに挟んだ紙とペンを持った男性とその前後に並べられた多数の部材の写真
ブルーシートの左横に置かれた黒文字で漢字が書かれた吉田家住宅の残存部材とその左横に並べられた多数の部材の写真

部材の移動(平成30年)

木材運搬機に置かれた残存部材の上に乗りさらに部材を乗せる男性2人とその様子を運搬車の前から見守る男性3人と運転者の男性の写真
木枠の上に並べられた吉田家住宅の残存部材の上に木材運搬車から運び込まれた部材の両端を持ちながら置く男性2人の写真

藁(壁材)の搬入(令和元年)

壁材用の藁を落とさないように両手で抱えながら薄暗い保管庫内の鉄骨階段を上る男性の写真
保管庫内の木枠の上に並べられた吉田家住宅の残存部材とその上に積み重ねるように置かれた壁材用の藁の写真

備考

 建物の工事は令和3年度に着工し、令和6年度に完成する予定です。

旧吉田家住宅主屋の復旧イメージ

                                                                                                         制作:東北工業大学 建築史研究室

※実際の設計とは異なります。

岩手県指定有形文化財「吉田家文書」について

 吉田家には、寛延3年(1750)から明治元年(1868)まで119年間の大肝入としての執務記録「定留」や「永留」、村絵図等がほぼ完全な形で保存されていて、「吉田家文書」として、岩手県指定有形文化財に指定されています。
 市立図書館に保管されていた吉田家文書は、津波の被害を受けたものの流失は免れ、文化財レスキューによって県立博物館に運ばれ安定化処理が行われました。
 その後、国立国会図書館で抜本的な修復作業が行われ、現在は県立博物館に戻り大切に保管されています。

被災し窓すらもなくなった陸前高田市立図書館に保管されている散在した吉田家文書を前に呆然と立ち尽くす白色のヘルメットにマスク姿の男性3人の写真

救出された吉田家文書

国会国立図書館で修復された表紙に文政三年定留と書かれている岩手県指定有形文化財の吉田文書の写真

修復作業を終えた「定留」

ご寄附のお願い

 旧吉田家住宅主屋の復旧にあたりましては、これまで多くの方々からのご支援・ご協力とご寄附を賜わり心より感謝申し上げます。

 旧吉田家住宅主屋の復旧事業は、全壊した建物を単に再現するということではなく、津波で被災した部材を用いて行われます。このことは世界に例を見ず、部材の回収から使用箇所の特定、洗浄、補強、代替となる部材の製作などに膨大な時間と作業を必要とします。
令和6年度内の完成を目指し一連の事業を進めておりますので、引き続き皆様からの温かいご寄附をお願いいたします。

 主屋の完成後は、広く皆様に愛され、気軽にご利用いただけるよう活用のあり方についても検討を始めています。

活用メニューの7をお選びください。

旧吉田家住宅主屋復旧事業に係る直接のご寄附は、教育委員会管理課文化財係へご連絡ください。

お問合せ先

陸前高田市教育委員会事務局管理課 文化財係
電話:0192-54-2111(内線554、555)
E-mail:ファックス:0192-54-3888(代表)

この記事に関するお問い合わせ先

教育委員会 管理課 文化財係
電話:0192-54-2111
ファックス:0192-54-3888
郵便番号:029-2292
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