陸前高田市のプロフィール
沿革
本市は、岩手県の東南端、三陸海岸の南の玄関口として、大船渡市、住田町、一関市、宮城県気仙沼市に接し、宮城県との県際に位置しています。
また、北上山地の南端部に位置し、氷上山などをはじめとする山地、豊かな緑や水を育む気仙川注ぐ広田湾、なだらかな斜面や低地が広がっています。
市の総面積は231.94平方キロメートルで、市域は東西約23キロメートル、南北約21キロメートルに及び、その約7割を森林が占めています。
気候は、三陸沿岸に位置しているため、海洋の影響と地理的条件から四季を通じて比較的温暖であります。
本市の歴史は古く、中沢浜貝塚の史跡が発見されているように縄文時代から優れた文化を有する生活圏が形成されていました。都市としての成り立ちは、平安時代初期とみられ、金と塩、海産物が経済の根幹を成していました。特に金は、奥州藤原氏の黄金文化に大きな役割を果たしました。
鎌倉から室町時代末期には、葛西氏が統治し、伊達政宗の直轄領となる藩政時代には、気仙郡今泉村に大肝入会所や代官所が設置され、気仙地方の政治経済の中心として栄えました。
明治以降では、明治22年の町村制実施により、1町8カ村となり、その後、昭和30年の町村合併促進法の施行に基づき、高田、気仙、広田の3町と小友、米崎、矢作、竹駒、横田の5村が合併して現在の陸前高田市を形成しています。
市章
由来
市名の頭字“高”の構図で(横綱の土俵入の姿を連想させる力強い構図)中央の円は内に市民の融和団結があり、また左、右上方への突出は外に向って伸長発展する市勢を示したもので、これらにより融和発展の陸前高田市を力強く象徴する市章
市の花・鳥・木
市の花
「つばき」
市の鳥
「かもめ」
市の木
「すぎ」
市民憲章
陸前高田市民憲章
昭和60年10月1日
告示第69号
わたくしたちの陸前高田市は、白砂青松の高田松原をはじめ、海・山・川の資源に恵まれ、先人ののこした歴史と伝統のあるまちです。
わたくしたちは、陸前高田市を愛し、豊かな心をもち、広い視野にたって力をあわせ、より住みよいまちづくりに努めるため、この憲章を定めます。
1 自然をたいせつにし、美しいまちをつくります。
1 家族の和と、健康に心がけ、明るいまちをつくります。
1 働くことに意欲をもち、活気にみちたまちをつくります。
1 思いやりの心をもち、うるおいのあるまちをつくります。
1 教養を深め、文化の高いまちをつくります。
市民歌
陸前高田市民歌
昭和30年6月1日制定
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更新日:2022年06月27日